患者の口コミをコントロール!クリニックがステマ規制施行後初の措置命令

 

2024年6月7日、消費者庁は、医療法人社団祐真会(同法人が運営する「マチノマ大森内科クリニック」)に対し、不当景品類及び不当表示防止法(景表法)に違反する行為(5条3号ステルスマーケティング告示)が認められたことから、同法7条1項に基づき、措置命令を行いました。

 

 

(不当な表示の禁止)

第五条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。

 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの

 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの

三 前二号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの

【引用】不当景品類及び不当表示防止法(昭和三十七年法律第百三十四号)第五条(不当な表示の禁止)

第二節 措置命令

第七条 内閣総理大臣は、第四条の規定による制限若しくは禁止又は第五条の規定に違反する行為があるときは、当該事業者に対し、その行為の差止め若しくはその行為が再び行われることを防止するために必要な事項又はこれらの実施に関連する公示その他必要な事項を命ずることができる。その命令は、当該違反行為が既になくなつている場合においても、次に掲げる者に対し、することができる。

一 当該違反行為をした事業者

 当該違反行為をした事業者が法人である場合において、当該法人が合併により消滅したときにおける合併後存続し、又は合併により設立された法人

 当該違反行為をした事業者が法人である場合において、当該法人から分割により当該違反行為に係る事業の全部又は一部を承継した法人

 当該違反行為をした事業者から当該違反行為に係る事業の全部又は一部を譲り受けた事業者

【引用】不当景品類及び不当表示防止法(昭和三十七年法律第百三十四号)第七条 第二節 措置命令

 

本事案は、2023年10月から施行されたステマ規制に対する初の行政処分(措置命令)であり、その対象が医療法人であった点でも注目されました。

ステマ規制施行から約9カ月が経過し、口コミマーケティング運用における規制遵守の根付きが感じられつつあるこの頃、ステマ規制後初の行政処分(措置命令)となった本事案の経緯、ポイントをさらっておきたいと思います。

  

クリニックが患者の口コミを事実上コントロールしていた

 

消費者庁資料(消費者庁:医療法人社団祐真会に対する景品表示法に基づく措置命令について)によると、医療法人社団祐真会は、インフルエンザワクチン接種の費用割引と引き換えに、同法人が運営する「マチノマ大森内科クリニック(以下、クリニックと表記)」のGoogleマップ上の口コミに、高評価を投稿するよう患者に依頼していました。

具体的には、クリニックの患者に対し、口コミ投稿欄にクリニックの評価として、星5または星4の投稿をすることを条件に、ワクチン接種費用から550円を割り引くことを伝えるというものです。実際、患者が投稿した場合、その場で内容を確認し、費用を割り引いていたとのことです。

 

本事案は、クリニックが患者の口コミの投稿内容を事実上コントロールし、表示内容の決定に関与していたことが明白であることから、通常の口コミではなく、事業者の表示にあたります。

また、表示内容が、「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」に該当することから、景表法5条3号(ステルスマーケティング告示)に違反し、行政処分(措置命令)が行われました。

「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」とは、事業者が商品やサービスの取引について行う表示であるにもかかわらず、事業者の表示であることを明瞭にせず、一般消費者が事業者の表示であることを判別するのが困難な表示のことを指します。

一般消費者から見て、事業者の表示であることが不明瞭でわからないものについて、消費者庁資料「景品表示法とステルスマーケティング」では、以下のようなケースを挙げています。

  • 事業者の表示であることが全く記載されていない場合
  • アフィリエイト広告において事業者の表示であることを記載していない場合
  • 事業者の表示である旨について、部分的な表示しかしていない場合
  • 冒頭に「広告」と記載し、文中に「第三者の感想」と記載するなど、事業者の表示である旨が分かりにくい表示である場合
  • 動画において、一般消費者が認識できないほど短い時間で、事業者の表示である旨を表示する場合
  • 一般消費者が事業者の表示であることを認識しにくい、文言・場所・大きさ・色で表示する場合(文章で表示する場合も含む。)
  • 事業者の表示であることを大量のハッシュタグ
(#)の中に表示する場合

 

一般消費者から見て、事業者の表示であることが明瞭となっているか、不明瞭となっているのかの判断に当たっては、表示上の特定の文章、図表、写真などから一般消費者が受ける印象・認識ではなく、表示内容全体から一般消費者が受ける印象・認識が基準となります。

 

通常、その商品・サービスが、企業による広告・宣伝であると認識できている場合、消費者はある程度の誇張・誇大が含まれていることを承知のうえで、商品・サービスを選ぶことができます。

しかし、その表示が事業者主導の広告・宣伝であることが分からない場合、消費者は、利害関係のない第三者の自主的な投稿と誤認する恐れがあります。

そのため、医療機関(事業者)が商品・サービスの割引などを対価に、患者(消費者)に高評価の口コミを投稿するように仕向ける行為は、他の消費者が、医療機関を自主的に選択する自由を不当に阻害するものであり、景表法違反になります。

消費者庁は今後、同様の事例に対し、厳しく対処していくことが予想されます。

 

「小銭に目が眩んで投稿しました」 見返りを堂々と述べるレビューも

 

当初の報道によると、クリニックの口コミ欄には、以下のような投稿があったそうです。

 

インフルエンザの予防接種が安かったです

(ワクチン接種が)他の病院より断然安い!ビックリ価格!受けなきゃそんそん笑

ワクチン接種時に『Googleに☆5のレビューを投稿すれば更に550円OFF!』と案内があったので、小銭に目が眩んで投稿しました。内緒ですよ!

 

【出典】消費者庁:医療法人社団祐真会に対する景品表示法に基づく措置命令について(PDF)9ページより

 

クリニックは、口コミの内容や文言を、患者に細かく指示していたわけではないものの、評価の星の数(星4または星5)を指定していました。

事業者(依頼主)が明確に指示を行ってはいなくても、事業者の意図が反映された表示であったことは明白です。

   

ステマ規制後、初の行政処分が「医療法人」だったことへの考察

 

本事案は、医療広告であっても景品表示法の規制対象になり、違反した場合は行政処分を受ける可能性があることが示された事例になったわけですが、医療業界はもともと、口コミを重視する消費者が多く、「ステマが発生しやすい業界」とされてきました。

特に都市部では、消費者が医療機関を選ぶ際に口コミ評価を重視する傾向があり、医療機関も評価を上げるためのインセンティブが働きやすいのです。

また、医療業界は専門性が非常に高い領域です。消費者(患者)の大部分は医療の専門的知識を持たない素人であることから、医療サービスの良し悪しを個人で判断するのが難しい側面があります。

そのため、消費者(患者)は、医療機関のサイトや口コミ、体験談、SNSなどを頼ることになりますが、その情報が仮にステマ(不当表示)だった場合、情報を鵜呑みにした消費者が、誤った治療行為を選択をするリスクが高まることは明白です。

ステマ規制後初の行政処分の対象が医療法人だったことは、消費者庁が医療機関でのステマ行為の広がりを懸念し、本腰を入れて規制に乗り出したと見れます。

医療業界という人の生命、健康と直接的に関わってくる領域に対し、「消費者庁では今後、医療業界への監視の目をより強化していきます」とメスを入れたと個人的には見ています。

   

舞台が「Googleマップ」だったことへの考察

 

ステマ規制後、初の行政処分となった本事案の舞台は、インフルエンサーのブログでもSNSでもなく、企業ホームページでもなく、「Googleマップの口コミ」でした。

Googleマップは、地図サービス上の口コミ機能を備えたプラットフォームですが、Googleアカウントがあれば誰でも、地図上に表示されている店舗や企業に対し、星評価やコメントをつけることが可能です。

Googleマップに投稿されたユーザーの口コミに対し、店舗・企業サイドが勝手に編集、削除を行うことは原則できませんが、店側のオーナーであることをGoogleに証明することで、「Googleビジネスプロフィール」という機能を使うことができます。

この機能を使うことで、たとえば、お店の基本情報(営業時間、電話番号、Webサイトなど)の登録や更新、画像の追加などができます。また、口コミへの返信もできるようになり、顧客とのコミュニケーションを図り、集客向上に役立てられます。

本事案は、Googleマップの口コミ集客効果を期待して画策されたものですが、事業者が第三者の自主的な口コミに見せかけて、実際には事業者側の意図が反映された表示を行うことは、消費者の自由な意思によるものとは認められません。

また、Googleマップなどの各プラットフォームでは、口コミ投稿に関する独自の利用規約(ポリシー)が定められています。そのため、利用者は利用規約を遵守し、その範囲内で利用する義務がありますが、本事案はそのルールも逸脱した悪質な行為です。

ステマ規制後、初の行政処分(措置命令)が、インフルエンサーや著名人のブログなどではなく、口コミのプラットフォームを舞台に行われたことで、「消費者庁は、一般の方の口コミにも、監視の目をしっかりと光らせていますよ」と警告しているようにも映りましたね。

  

措置命令後の対応について

 

景品表示法に違反する疑い(不当な表示や過大な景品類の提供が行われているなど)がある場合、消費者庁は、関連資料の収集や事業者への事情聴取などの調査を実施します。

景品表示法違反被疑事件の調査の手順は、以下のとおりです。

【出典】消費者庁:景品表示法違反行為を行った場合はどうなるのでしょうか?

 

調査の結果、違反行為が認められた場合、消費者庁は当該事業者に対し、一般消費者に与えた誤認の排除、再発防止策の実施、今後同様の違反行為を行わないことなどを命じる「措置命令」を行います。

なお違反が認められない場合でも、違反の恐れがある行為が見られた場合、行政指導がとられることになります。

医療法人社団祐真会(マチノマ大森内科クリニック)における措置命令の概要は、以下のとおりです。

(3) 命令の概要

ア 本件役務を一般消費者に提供するに当たり、第三者に対し、本件星投稿を条件に該第三者がクリニックに対して支払うインフルエンザワクチン接種費用から割り引くことを伝えたことによって該第三者が投稿した、別表1「表示期間」欄記載の期間に、同表「表示箇所」欄記載の表示箇所における、同表「表示内容」欄記載のとおりの表示をしている行為を速やかに取りやめること。

イ 前記(2)アの表示は、前記(2)イのとおりであって、本件役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがあるものであり、景品表示法に違反するものである旨を一般消費者に周知徹底すること。

ウ 再発防止策を講じて、これを祐真会の役員及び従業員並びにクリニックの医療従事者及び従業員に周知徹底すること。

エ 今後、同様の表示を行わないこと。

【出典】消費者庁:医療法人社団祐真会に対する景品表示法に基づく措置命令について(PDF)2ページより

 

一つずつ見ていきましょう。

アの項目では、消費庁がステマ投稿と認定した口コミ投稿(星4、5評価)を、速やかに削除するように命じています。

本記事執筆時点で、クリニックの口コミ投稿(Googleマップ)を確認したところ、300件以上ありましたが、消費者庁がステマ認定していたと思われる45件の口コミは、あらかた消去されている模様です。

マチノマ大森内科クリニック Googleの口コミ Googleマップよりスクリーンショット

 

ただし、お店側のGoogleマップに投稿されたユーザーからの口コミは、オーナーであっても編集や削除を原則行えないため、通常、プラットフォームに対する口コミ削除要請は速やかに受理されない可能性があり、手続きが複雑になることが考えられます。

 

イの項目では、事業者がステマ投稿を行っていた事実を、一般消費者に周知することを命じています。

周知手段は主に、新聞広告やWebサイトでの掲載、プレスリリースの配信、ダイレクトメール、企業の公式SNSアカウントでの発信などが挙げられます。

もちろん、SNSでしれっと伝えればOKとなるわけではなくて、消費者庁の承認を受けたやり方をもって実施されることになります。

ケースバイケースですが、新聞広告やWebサイト、SNSなど複数を組み合わせて行われることが多いようです。

また、周知を行う際には、消費者が理解しやすい平易な言葉を使い、誠実な態度で情報を提供することが求められます。

 

ウの項目では、具体的な再発防止策を講じ、役員や従業員への周知を徹底することを命じています。

再発防止策としては、定期的なコンプライアンス研修の実施、マニュアルの整備と配布、社内チェック体制の見直しと強化、社内報や掲示板での啓発、違反事例の共有、外部専門家の活用などが挙げられます。

これらの取り組みを継続的に実施し、表示の適切性を確認することで、従業員一人ひとりの危機管理意識を高めることが主な目的となります。

具体的な再発防止策は、業界・業種によってもさまざまですが、定期的な効果検証を行い、必要に応じて方法を見直すことによって、より有効化していくものと考えられます。

 

エの項目では、今後、同様の表示を一切行わないことを命じています。

度重なる違反は、企業の信頼性を大きく損ない、ブランドイメージの低下や顧客離れにつながる可能性(レピュテーションリスク)を高めます。

なお消費者庁や都道府県から措置命令を受けても従わず、違法な広告表示を続けた場合、2年以下の懲役または300万円以下の罰金、あるいはその両方が科される可能性があります。さらに法人に対しては3億円以下の罰金が科されることがあります。(景品表示法36条、38条

本記事執筆時点では、2024年6月7日以降のクリニックの執行状況、進捗について、消費者庁サイトでの公表はまだないですが、ステマ規制後初の行政処分(措置命令)となった本事案が、どのような形をもって不当表示の取り消し、消費者への周知徹底が完了されたとみなすのか、引き続き注目したいと思います。

 

少額な金銭的利益であろうと、ステマはステマ

 

医療機関に限らず、飲食店や宿泊施設などでも、顧客獲得のために口コミの評判を重視する傾向は以前からあります。

しかし、事業者が消費者に対し、口コミ投稿の見返りとして金銭やサービスを提供することは、他の消費者の自由な意思による口コミ投稿を阻害し、不当に当該医療機関の利益を誘導する行為です。

本事案で口コミ投稿の見返りとして提供されたのは、「550円の割引」です。しかし、金額の大小に関わらずステマはステマあるということ。また、医療業界であっても、経済的利益を第三者に提供して高評価の口コミ投稿を依頼した場合、ステマ規制の対象になることが明確に示されました。

医療機関ならび全事業者は、今回の結果を真摯に受け止め、自社商品・サービスの広告宣伝を行う際は、同じ過ちを繰り返さないよう、透明性の高い情報発信を心がける必要があります。

 

▼ こちらの記事も何気に読まれています!

ABOUT US
HiraQ編集者/WEBライター/WEBデザイナー
都内の某広告代理店勤務。Web広告のライティング、編集、デザイン業務に従事。当サイト(Writehack.-ライトハックドット-)では主に、Webライターやブロガー、Webデザイナー向けに役立つ記事をゆるく発信します。山梨県出身。いて座のO型。犬より猫派。ラーメンは塩派。サッカーはプレミアリーグ派。